EBITDA倍率の真実:2026年の市場評価基準
あなたの会社は営業利益の何倍で売れるか?冷徹な計算式。
Executive Summary
- 結論1:M&Aの価格は「EBITDA × マルチプル」で決まる
- 結論2:税務上の利益ではなく、実質的な「稼ぐ力」を証明せよ
- 結論3:マルチプルを引き上げるのは「成長率」と「仕組み」である
「会社を売却しようと思う」と考えたとき、経営者が最初に気になるのは「いくらで売れるのか?」という一点でしょう。 人材紹介業界において、その価格(バリュエーション)を決める世界共通のモノサシが 「EBITDA(イービットディーエー)」 です。
2026年現在、M&A市場は活況ですが、買い手の選球眼はかつてないほど厳しくなっています。単に売上が高いだけの会社や、節税しすぎて利益が出ていない会社には、驚くほど低い評価しかつきません。 本記事では、M&Aにおける企業価値算定の基本式と、評価倍率(マルチプル)を最大化するための財務戦略について解説します。
なぜM&Aでは営業利益ではなくEBITDAが重視されるのか
EBITDAの正体
EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)とは、直訳すると「金利・税金・償却前利益」です。 簡易的には以下の計算式で求められますが、なぜわざわざ計算し直す必要があるのでしょうか?
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
理由は、「キャッシュベースの純粋な稼ぐ力」 を公平に比較するためです。 減価償却費は、過去の設備投資を会計上のルールで費用配分しただけであり、今の現金の流出(Cash Out)を伴いません。国ごとの税制や、企業の会計方針(定額法か定率法か)に左右されない「裸の実力」を見るために、買い手はこの指標を重視します。
オーナー企業特有の「調整後EBITDA」
中堅中小企業のM&Aでは、さらに重要な計算があります。それが 「正常収益力(調整後EBITDA)」 です。 オーナー企業では、節税のために利益を圧縮しているケースが多々あります。これらは買収後には不要になるコストであるため、利益に足し戻す(Add-back)ことができます。
主な足し戻し項目
- オーナー役員報酬の適正化: オーナーが年収3,000万円を取っているが、後任の雇われ社長は年収1,000万円で済む場合、差額の2,000万円は利益に加算できます。
- 私的な経費: 社長の私用車、家族との旅行費、個人的な交際費など。これらも全額利益に加算します。
- 一過性の費用: オフィスの移転費用や、裁判の和解金など、来期以降は発生しない特別なコスト。
Note
「節税」と「企業価値」のトレードオフ 多くの経営者が、「税金を払いたくない」一心で経費を積み上げ、利益をゼロに近づけます。 しかし、M&Aの直前でそれをやると致命傷になります。例えば、無駄な経費で利益を1,000万円減らすと、マルチプルが6倍なら、企業価値(売却額)は6,000万円下がります。 目先の税金300万円をケチった結果、6,000万円を損する。これがM&Aにおける節税の罠です。
マルチプル(倍率)を引き上げる「質的評価」のポイント
基本公式:EV = EBITDA × 倍率
企業価値(Enterprise Value)は、以下のシンプルな掛け算で決まります。
企業価値 = 調整後EBITDA × マルチプル(倍率)
人材紹介業界におけるマルチプルの相場は、一般的に 5倍〜8倍 です。 例えば、調整後EBITDAが5,000万円の会社なら、2億5,000万円〜4億円が評価額のレンジとなります。この「3倍の開き(1.5億円の差)」を決めるのが、以下の定性的な要素です。
マルチプルを高める要素(プレミアム)
- 高い成長率: 直近3年間の年平均成長率(CAGR)が20%以上であること。
- 仕組み化: 社長がいなくても回る組織体制(特定のトップタレントへの依存度が低い)。
- 独自資産: 他社が真似できない独自の候補者DBや、大手企業との独占的なパイプライン。
マルチプルを下げる要素(ディスカウント)
- 属人化: 「社長が辞めたら売上が半減する」状態。これは致命的です。
- コンプライアンスリスク: 未払い残業代の懸念や、名義貸しに近い運用実態。
Warning
「5倍」の壁 多くの人材紹介会社は、労働集約的で属人性が高いため、マルチプルは 3倍〜5倍 に留まるケースがほとんどです。 8倍以上の高評価(10倍〜15倍)を狙うなら、人材ビジネス×SaaSのような「テック企業」としての側面を持つか、特定のニッチ領域で圧倒的なシェアNo.1を確立する必要があります。
簡易算定で自社の現在価値(バリュエーション)を把握する
まずは自分で計算してみる
外部の専門家に依頼する前に、以下のステップで自社の値段を試算してみましょう。 年商3億円、書類上の営業利益が1,000万円の会社を例にします。
Step 1. 調整後EBITDAの算出
- 営業利益: 1,000万円
- 減価償却費: +200万円
- 役員報酬の適正化: +2,000万円(実質1,000万円で回ると仮定し、支払っている3,000万円との差額)
- 私的経費: +500万円
- 調整後EBITDA: 3,700万円
Step 2. 企業価値(EV)の算出
- マルチプル6倍と仮定
- 3,700万円 × 6倍 = 2億2,200万円
Step 3. 株式価値(株主の手取り)の算出 ここから「純有利子負債(Net Debt)」を調整します。
- 現預金: 1億円
- 銀行借入: 4,000万円
- 実質キャッシュ: +6,000万円
- 株式価値: 2億2,200万円 + 6,000万円 = 2億8,200万円
これが、あなたがExit時に手にする目安金額です。
Tip
「磨き上げ(Polishing)」の重要性 バリュエーションは固定されたものではありません。 売却の2年前から準備を始め、「不要な経費を削る」「成長率を演出する」「ガバナンスを整える」ことで、調整後EBITDAとマルチプルの両方を引き上げることが可能です。 M&Aは、契約書にサインするその瞬間まで、企業価値を高める努力が報われるゲームです。
EBITDAは、あなたが生み出した事業の「通知表」です。この数値をコントロールできる経営者だけが、理想的なExitを実現し、次のステージへと進むことができます。