正常収益力への調整:オーナー経費の磨き上げ
私的経費を利益に足し戻し、実質的な稼ぐ力を証明する技術。
この記事のポイント
- 結論1:M&Aでは、決算書の営業利益ではなく「修正EBITDA」で価格が決まる
- 結論2:オーナーの個人的な経費(交際費、高級車、家族給与)は、本来の利益として足し戻せる
- 結論3:ただし、直前での「駆け込み経費削減」はバレる。3年前からの磨き上げが必要
Disclaimer本記事はプロモーションを含む場合があります。 本記事は情報提供のみを目的としており、税務・法務・労務等の専門的助言を構成するものではありません。 記載内容は執筆時点の情報に基づく筆者の見解であり、正確性・完全性を保証しません。 具体的な判断・実行にあたっては、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
「決算書の利益は低い方が税金が安くていい」 中小企業のオーナー社長であれば、誰もが一度はそう考え、実行してきたはずです。
しかし、いざM&A(会社売却)の段になると、その節税策が最大の足枷となります。 買い手企業は「利益が出ている会社」を高く買いたいからです。
ここで登場するのが、 「正常収益力(Normal Earnings)」 という概念です。 これは、オーナー個人の趣味や節税目的の経費を「もしなかったとしたら、本来いくら儲かっていたか?」を算出し直した、真の実力値です。 本記事では、M&A価格を最大化するための決算書の「磨き上げ(Clean-up)」テクニックを解説します。
デューデリジェンスで否認される「オーナーの私的経費」リスト
「経費で落とす」の代償
買い手企業による買収監査(デューデリジェンス:DD)では、公認会計士があなたの会社のPL(損益計算書)を一行ずつチェックし、 「事業に関連性のない経費」 を洗い出します。
これらは全て「非事業用資産・費用」として指摘され、M&A後の事業計画からは除外されます。 問題は、これらの経費が乱雑に計上されていると、「この会社の管理体制はズブズブだ(ガバナンス欠如)」と判断され、買収価格自体がディスカウントされるリスクがあることです。
DDで必ず指摘される項目リスト:
- 役員報酬 : 相場より高すぎる分。(例:実務をしていない家族への給与)
- 交際費 : 友人との飲み代、家族旅行費用、ゴルフ会員権。
- 車両費 : 社長の高級車(ポルシェやフェラーリなど事業に不要なもの)。
- 保険料 : 全額損金の生命保険など、節税目的の商品。
- 地代家賃 : 社長の自宅兼事務所の家賃補助。
Warning
「これは営業活動に必要なんです」という言い訳は、プロの会計士には通用しません。 領収書の宛名や旅程表など、客観的な証拠がない限り、容赦なく「私的流用」と認定されます。
役員報酬の適正化による営業利益の「足し戻し」テクニック
修正EBITDAの魔法
では、過去につけてしまった私的経費は全てマイナス評価になるのでしょうか? 実は、逆転の発想が可能です。
「これらは売却後には発生しないコストなので、その分だけ未来の利益は増えますよね?」 と主張し、営業利益に加算するのです。これを 「修正EBITDA(Normalized EBITDA)」 と呼びます。
ある企業C社(年商2億円)のケースを見てみましょう。
| 項目 | 決算書上の数値 | 修正項目 | 修正後の数値(実力値) |
|---|---|---|---|
| 営業利益 | 1,000万円 | - | 1,000万円 |
| 役員報酬 | 3,000万円 | 後任社長は1,000万円で雇用可 | +2,000万円 |
| 交際費・車 | 1,000万円 | 売却後は全廃 | +1,000万円 |
| 生命保険 | 500万円 | 解約 | +500万円 |
| 実質利益 | - | - | 4,500万円 |
決算書上は利益1,000万円ですが、買い手にとっては「買収したら年間4,500万円稼ぐ会社」に見えるわけです。
M&Aのバリュエーションが 利益 × 8倍 で決まるとすれば、
- 修正前:1,000万 × 8 = 8,000万円
- 修正後:4,500万 × 8 = 3.6億円
この「足し戻し」のロジックが通るかどうかで、売却額に 4.5倍 もの差がつきます。これがファイナンス知識の威力です。
Note
このケースは、複数の企業事例を組み合わせた典型パターンです。特定の企業を指すものではありません。
節税体質から納税体質へ:売却3年前からの決算書磨き上げ
「足し戻し」にも限界がある
「じゃあ今まで通り経費を使いまくって、売る時だけ交渉すればいいじゃないか」 そう思うかもしれませんが、現実はそこまで甘くありません。
あまりにも修正項目が多すぎると、買い手は「この会社の数字は信用できない」「他にも簿外債務があるのではないか」と疑心暗鬼になります。 結果、 「表明保証保険」 への加入を強いられたり、買収価格の何割かを 「エスクロー(預託金)」 として一定期間拘束されたりするペナルティが発生します。
Last 3 Years (L3Y) の重要性
M&Aの準備は、売却の3年前から始めるのが鉄則です。 直近3期分の決算書(L3Y)が、綺麗な右肩上がりであり、かつ透明性の高い「納税体質」になっていることが、最高のバリュエーションを引き出す条件です。
売却に向けた3年間のロードマップ:
- N-3期(準備期) : 私的経費を徐々に減らす。家族役員を退任させる。
- N-2期(改善期) : 役員報酬を適正水準(後任社長相場)に近づける。節税商品を解約する。
- N-1期(直前期) : 完全にクリーンな決算書を作る。営業利益を最大化させて税金をしっかり払う。
税金を払うことは、もはやコストではありません。 「高い株価をつけるための手数料」 であり、将来数億円のリターンとなって返ってくる投資なのです。
まず明日やるべきこと:足し戻しシミュレーション
あなたの会社の実力を正しく把握するための3ステップです。
□ Step 1 : 直近決算書の 販管費明細 を開く 「これは売却後には不要になるコストだ」と思う項目(交際費、車両費、保険料、地代家賃など)にマーカーを引いてください。
□ Step 2 : 修正EBITDA を試算する
表面上の営業利益 + マーカーを引いた経費 + (現在の役員報酬 - 後任社長の想定年収) を計算してください。これがあなたの会社の「すっぴんの美人度」です。
□ Step 3 : 税理士に 「M&Aを検討している」 と伝える これだけで税理士のスタンスが変わります。「節税しましょう」から「利益を出して株価を上げましょう」へ、アドバイスの方向性を転換してもらう必要があります。
Stage-4(資産化フェーズ)の経営とは、会社を「自分の財布」から「商品」へと磨き上げるプロセスそのものです。 財布は中身を使い切っても構いませんが、商品は美しくパッケージングされていなければ、誰も高値では買ってくれません。