未払い残業代:成長企業を襲う時限爆弾
労務管理の甘さが、将来数千万円の損失になる恐怖。
Executive Summary
- 結論1:固定残業代(みなし残業)は魔法の杖ではない
- 結論2:1分単位の勤怠管理をしていない会社は100%負ける
- 結論3:未払いリスクがあると、M&AやIPOは不可能になる
Stage-2(成長期)の人材紹介会社で、最も恐ろしいリスクは「同業他社」でも「不況」でもありません。 「退職した元社員からの未払い残業代請求」 です。
「うちは裁量労働制だから大丈夫」「基本給に45時間のみなし残業を含んでいるから関係ない」。 そう思っていませんか?断言しますが、日本の労働法において、その認識の9割は通用しません。 ある日突然、弁護士から内容証明郵便が届き、数百万〜数千万円の支払いを命じられる。これが「労務の時限爆弾」です。
「裁量労働制」や「固定残業代」のよくある勘違い
経営者が信じている「自分ルール」と、実際の「裁判所の判断」には、絶望的な乖離があります。
| 項目 | 経営者の勘違い(NG) | 法的な現実(OK) |
|---|---|---|
| 固定残業代 | 手当7万円払ってるから、何時間残業させても追加はゼロ。 | 45時間を超えた分は、1分単位で追加払いが必要。 超えていなくても、契約書の記載不備で全額無効になることも。 |
| 裁量労働制 | プロなんだから、何時に来ても帰ってもいいし、残業代も出ない。 | 人材紹介の営業職には適用不可。 デザイナーや研究職など、限定された職種しか認められない。 |
| 管理監督者 | 「課長」という役職をつけたから、残業代は支払わなくていい。 | 「経営と一体」「出退勤の自由」「高額な報酬」 が無ければ、ただの名ばかり管理職。残業代は必要。 |
| 証拠 | タイムカードがないから、残業した証拠なんてないはず。 | PCログ、交通系IC履歴、送信メール時間、LINE履歴 が全て労働時間の証拠として採用される。 |
特に多いのが、「固定残業代(みなし残業)」の運用ミスです。 「基本給30万円(残業代含む)」という契約は、「いくらが基本給で、いくらが残業代か分からない(判別不能)」 として無効になります。 無効になると、過去2年(最大3年)に遡って、本来払うべきだった残業代を全額請求されます。社員1人あたり300万円×5人なら、1,500万円の損失です。
タイムカード管理と実労働時間の乖離を防ぐ方法
客観的記録の義務化
2019年の法改正により、企業は「客観的な記録(タイムカードやPC使用時間)」で労働時間を把握する義務を負いました。自己申告だけの勤怠管理はもはや違法です。
対策:1分単位の客観的マネジメント
- クラウド勤怠の導入: KING OF TIMEやSmartHRなどで、スマホから1分単位で打刻させる。
- 残業許可制の徹底: 「20時以降残る場合は、上長にSlackで申請して許可を得る」という運用を徹底し、ダラダラ残業を禁止する。許可なき残業は認めない文化を作る。
- PC強制シャットダウン: 21時にはサーバーを落とすなど、物理的に仕事ができない環境を作る。
IPOやM&Aで必ず発覚する労務デューデリジェンスの壁
これらの労務リスクは、将来会社を売却しようとした時、また上場しようとした時に、最大の障壁(Deal Breaker)となります。 買い手企業は、「簿外債務(隠れた借金)」を極端に嫌います。
「潜在的な未払い残業代が5,000万円ある」と判断されたら、以下のいずれかの結末になります。
- 買収価格から5,000万円が差し引かれる。
- 「リスクが大きすぎる」として破談になる。
Tip
「模擬労務監査」の実施 まだ爆弾が爆発していない今のうちに、信頼できる社会保険労務士(社労士)に依頼して「模擬監査」を受けてください。 就業規則の不備、契約書の穴、未払いの概算額。「どこにリスクがあり、修正にいくらかかるのか」を知ることが、会社を守る第一歩です。
まず明日やるべきこと:3ステップアクション
□ Step 1: 雇用契約書の再確認 「固定残業代」の記載が、「基本給23万円、固定残業手当7万円(45時間相当)」のように明確に区分されているかチェックする。
□ Step 2: 36協定の提出確認 「36協定(サブロク協定)」を毎年労働基準監督署に提出しているか確認する。これがないと、1分の残業も違法になる。
□ Step 3: PCログと申告時間の乖離チェック 先月の「タイムカードの退勤時間」と「PCの最終ログオフ時間」をランダムに3人分照合してみる。ここに1時間以上の乖離があれば、イエローカード(未払い発生中)です。
労務管理は「守り」の要です。ここがザルだと、営業で稼いだ利益がすべて賠償金と弁護士費用に消えることになります。 適正な労務管理は、社員への愛であり、経営者の防御服です。