ユニットエコノミクスの支配:1紹介の限界利益とLTV
どんぶり勘定の排除。1件の成約にかかるコスト構造の解像度を上げる。
Executive Summary
- 結論1:1件の成約にかかる「見えないコスト(創業者人件費や埋没コスト)」を正確に把握しなければ、営業利益率は10%を切る
- 結論2:LTV/CAC > 3.0 を死守し、CPAが高騰する前に撤退ラインを設ける
- 結論3:創業期は固定費を極限まで抑え、限界利益率50%以上を維持することが生存条件である
創業期の人材紹介会社において、最も恐ろしいのは「売上は立っているのに、なぜかお金が残らない」という状態です。 編集部が分析した創業3年以内のエージェントの事例では、約40%の企業 が、見かけ上の黒字であるにも関わらず、キャッシュフローの悪化により資金繰りに奔走しています。
「手数料が200万円入ったから、来月の家賃と給料は払える」 このように、入金を右から左へ流すだけの自転車操業に陥っているとしたら、その原因は ユニットエコノミクス(1単位あたりの採算性) の欠如に他なりません。つまり、候補者1名を成約させるために、実質いくらかかっていて、いくら儲かったのかという解像度が粗いのです。
本記事では、どんぶり勘定を卒業し、筋肉質な財務体質を作るための「コスト構造の分解」について解説します。PL脳から脱却し、1取引単位での収益性を徹底的に管理することが、生存への第一歩です。
Note
ユニットエコノミクスとは? 本来はSaaSなどのサブスクリプションビジネスで使われる用語ですが、人材紹介においても「1成約あたりの経済性」として非常に重要な指標です。
1件成約しても赤字?見落としがちな隠れコスト一覧
多くの創業者が、売上総利益(粗利)の計算において致命的な見落としをしています。 「紹介手数料が200万円で、スカウト媒体費が5万円で決まったから、195万円の利益だ」 もしこのように考えているとしたら、経営としては極めて危険です。実際には見えないコストが積み重なり、営業利益率は 10〜15% 程度まで圧縮されることが一般的だからです。ここでは、PL(損益計算書)に項目として表れにくい「隠れコスト」の正体を暴きます。
隠れコストの正体:創業者人件費と埋没コスト
第一の無視されがちなコストは、創業者であるあなたの時間コスト(機会費用) です。 創業期は社長自身がプレイングマネージャーとして動くことが多いため、自身の人件費を「ゼロ」として計算しがちです。しかし、スカウト送信、面談、日程調整、会食…。これらに費やした時間を、例えば 月間280時間 という過酷な稼働工数から逆算して「市場価値(時給)」で換算してみてください。
仮にあなたの市場価値が年収1,200万円(時給約5,000円)だとします。1件の成約を得るために、あなたが合計100時間を費やしていたとしたら、そこには 50万円 の人件費が発生しています。これをコストとして認識しない限り、人を雇って組織化した瞬間に赤字に転落します。
第二のコストは、埋没コスト(サンクコスト) です。 1件の成約の裏には、統計的に 約10人の面談 と、数百通のスカウト送信 が存在します。成約したAさんにかかったコストだけでなく、辞退されたBさんや内定辞退したCさんにかかった媒体費や人件費も、すべてAさんの成約コストに配賦(上乗せ)して計算する必要があります。
コスト構造の再計算シミュレーション
では、これらを含めた「真のコスト」を試算してみましょう。 以下は、表面的な計算と実質的な計算の比較表です。
| 項目 | 表面的な計算(どんぶり勘定) | 実質的な計算(ユニットエコノミクス) |
|---|---|---|
| 売上高(手数料) | 2,000,000円 | 2,000,000円 |
| 直接媒体費 | 50,000円 | 50,000円 |
| 見かけの粗利 | 1,950,000円 | - |
| 埋没媒体費(不成立分) | 0円(無視) | 300,000円 |
| 創業者人件費(100h) | 0円(無視) | 500,000円 |
| 接待交際・交通費 | 0円(経費扱い) | 100,000円 |
| 真の粗利(限界利益) | 1,950,000円 | 1,050,000円 |
このように、実質的な利益は表面上の半分近くまで減ることがわかります。ここからさらに地代家賃やシステム利用料などの固定費を引く必要があります。 「1件決まれば大きい」という業界の甘い言葉に惑わされず、1件決めるためにどれだけの血(コスト)が流れているかを直視することが重要です。
Warning
特定の媒体で「CPA(獲得単価)が安い」と思っても、成約率が 1%以下 であれば、その裏にある大量の埋没コスト(面談工数や対応時間)によって、トータルの収益性は悪化している可能性があります。
CAC(顧客獲得コスト)とLTVの黄金比を理解する
事業の健全性を測る上で、必ず押さえておきたいのが LTV(Lifetime Value:顧客生涯価値) と CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト) の関係です。これらは単なるマーケティング用語ではなく、会社を潰さないための安全弁です。
人材紹介業において、健全な経営判断の基準値は以下の通りです。
- LTV / CAC > 3.0
つまり、100万円の手数料(LTV)を得るためにかけてよいコスト(CAC)は、最大でも33万円までということです。これには媒体費だけでなく、インセンティブや営業担当の人件費も含みます。
なぜ「3倍」なのか?その財務的根拠
「利益が出るならトントン(1倍)でも良いのでは?」と思うかもしれません。しかし、LTV/CACが3倍必要とされるのには明確な財務的根拠があります。 売上の残り(66%)で、家賃、バックオフィス人件費、採用費、そして将来への投資(内部留保)を賄わなければならないからです。
もし LTV / CAC が 1.5 や 2.0 程度であれば、固定費を回収した時点で営業利益はほぼゼロ、あるいはマイナスになります。これは「売れば売るほど忙しくなり、利益は残らない」という典型的な貧乏暇なしモデルです。
失敗事例:LTV/CACを無視した拡大戦略
ここで、ある人材紹介会社の失敗事例を見てみましょう。
ある企業A社(仮称・創業2年目)では、以下の状況に直面していました。
- 年商: 8,000万円
- 営業利益率: 2%(ほぼトントン)
- 主な課題: 資金ショート寸前での追加融資申込
編集部が分析したところ、問題は 「高騰するCPAを放置して広告を踏み続けた」 ことでした。 A社は競合の激しいハイクラス層を狙い、スカウト媒体のオプション課金やWeb広告に多額の予算を投下していました。その結果、1件あたりの獲得コスト(CAC)は80万円に達していました。平均単価(LTV)が200万円だったため、LTV/CACは 2.5。一見利益が出ているように見えますが、オフィス増床や採用拡大による固定費の増加を吸収できず、キャッシュフローが破綻したのです。
Note
このケースは、複数の企業事例を組み合わせた典型パターンです。特定の企業を指すものではありません。
撤退ラインの設定基準
重要なのは、「いくらまでなら出せるか」の基準を事前に決めておくことです。 以下の計算式を使って、自社の許容CACを算出してください。
許容CAC = 平均単価 × 30%
例えば、平均単価が200万円なら、CACは60万円が上限です。これを超えそうなチャネルや媒体からは、勇気を持って撤退するか、オペレーションを見直して成約率を上げる(分母を減らす)必要があります。
Important
LTVを高める工夫も忘れずに 1回の紹介で終わらせず、その企業からリピート発注をもらうことや、候補者が数年後に再度転職する際に相談をもらう関係性を築くことで、実質的なLTVは向上し、LTV/CAC比率は劇的に改善します。
限界利益率を高めるための変動費コントロール術
経営の安定性を高める鍵は、限界利益(売上 - 変動費) を最大化することにあります。 創業期(Stage-1)において、固定費(家賃や正社員の固定給)を増やすことはリスクそのものです。売上がゼロでも出ていくお金だからです。可能な限りコストを「変動費化」し、限界利益率 50%以上 を維持することが、不確実な市場で生き残るための条件と言えます。
変動費化の具体的な手法
コスト構造を変動費中心にするためには、以下の施策が有効です。
-
媒体費のポートフォリオ管理 成功報酬型の媒体(変動費)と、先行投資型のデータベース利用料(固定費)のバランスを管理します。資金が潤沢でない初期は、利益率は下がっても成功報酬型の比率を高め、確実なキャッシュフローを作ることが賢明です。
-
業務委託(フリーランス)の活用 スカウト送信や日程調整などのノンコア業務は、固定給の社員ではなく、成果報酬や時給制の業務委託にアウトソースします。これにより、成約がない月の人件費負担を抑制できます。
-
オフィスの流動化 敷金・礼金が高く解約予告期間が長い賃貸契約ではなく、シェアオフィスやコワーキングスペースを活用し、人員増減に合わせて柔軟にコストを調整できるようにします。
固定費型 vs 変動費型 収益シミュレーション
月間売上がブレた場合(好調時 500万 vs 不調時 100万)の利益への影響を比較してみましょう。
モデルA:固定費型(正社員3名、固定給高め)
- 固定費:150万円/月
- 変動費率:10%
モデルB:変動費型(業務委託中心、成果報酬)
- 固定費:50万円/月
- 変動費率:40%
| 売上高 | モデルA利益(固定費型) | モデルB利益(変動費型) |
|---|---|---|
| 500万円(好調) | 300万円 | 250万円 |
| 300万円(通常) | 120万円 | 130万円 |
| 100万円(不調) | -60万円(赤字) | +10万円(黒字) |
好調時は固定費型(モデルA)の方が利益が出ますが、ひとたび売上が落ち込むと大赤字になり、現預金(キャッシュ)が流出します。 創業期は売上のボラティリティ(変動幅)が大きいため、不調時でも死なないモデルB(変動費型) を選択するのが鉄則です。利益額の最大化よりも、損益分岐点を下げておくことの方が、生存確率は高まります。
この「守りの財務構造」を作れて初めて、アクセルを踏んだ時の爆発力が生きてくるのです。
Tip
業務委託メンバーへの報酬設計では、完全な時給制にするのではなく、「面談設定1件につき○○円」「成約時に××円」といった成果報酬型のインセンティブを組み合わせることで、さらに変動費比率を高めることが可能です。
まず明日やるべきこと:3ステップ診断
どんぶり勘定を脱却し、正しい数字で経営判断を行うために、以下の3ステップを実行して自社の健康状態を診断してください。
□ Step 1: 直近3件の成約にかかった「総時間(自分含む)」と「総媒体費(埋没分含む)」を書き出す □ Step 2: 自分の時給を5,000円と仮定し、時間コストを含めたCACを算出し、限界利益を再計算する □ Step 3: 自社の平均LTVを算出し、LTV / CAC が 3.0 を超えているか確認する
Important
stage-1(創業期)では、「営業利益額」の大きさよりも、「キャッシュフロー」が回っているか、そして「LTV/CAC比率」が健全かどうかの2点を最優先指標とすべきです。手元の現金が尽きれば、会計上がどれだけ黒字でもゲームオーバーだからです。