心理的契約の形成:雇用契約書に書かれない期待
最初の社員と「何を握るか」で組織のDNAが決まる。
この記事のポイント
- 結論1:創業期の社員は「給料」ではなく「将来の夢(心理的契約)」と引き換えに入社している
- 結論2:この「見えない契約」は、社長が意識して管理しないと必ず破綻(離職)する
- 結論3:最初の3ヶ月で「あなたに何を期待し、何を提供できるか」を言語化して握り直せ
Disclaimer本記事はプロモーションを含む場合があります。 本記事は情報提供のみを目的としており、税務・法務・労務等の専門的助言を構成するものではありません。 記載内容は執筆時点の情報に基づく筆者の見解であり、正確性・完全性を保証しません。 具体的な判断・実行にあたっては、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
「信じていた創業メンバーに辞められました」 「あんなに会社のビジョンに共感してくれていたのに……」
創業期の経営者から、この嘆きを何度聞いたかわかりません。 彼らはなぜ去っていくのでしょうか? 給料が安かったから? 仕事がきつかったから? いいえ、違います。 彼らが辞める本当の理由は、 「心理的契約(Psychological Contract)」違反 です。
心理的契約とは、書面の雇用契約書には書かれていない、「会社と個人の間の暗黙の約束」のことです。 創業期において、この見えない契約のマネジメントは、PLの管理と同じくらい重要です。
本記事では、最初の社員との関係性を「なぁなぁ」で済ませず、強固な組織DNAに変えるための期待値調整について解説します。
「給料は安いが夢はある」という心理的契約の賞味期限
創業期の特殊な取引関係
Stage-1(創業期)の人材紹介会社に入社する社員は、ある特殊な「取引」をしています。
- 会社が提供するもの : 低い給与(市場価格マイナス20%)、不安定な環境、ハードワーク。
- 社員が期待するもの : 将来の幹部ポスト、ストックオプション、急成長する組織での経験。
つまり、彼らは「現在の金銭的報酬」を我慢する代わりに、「未来の非金銭的報酬」を前借りしている状態です。 これを組織行動論では 「心理的契約」 と呼びます。
賞味期限は「1年」
問題は、この心理的契約には 「賞味期限」 があることです。 編集部の分析では、多くの創業メンバーが離職を考えるのは入社から 4〜5四半期目(約1年後) です。
なぜか? 「夢」だけでお腹がいっぱいになるのは、せいぜい1年が限界だからです。 1年経っても会社の業績が跳ねなかったり、約束されていたポストが与えられなかったりすると、彼らは「詐欺にあった」と感じ始めます。 これは法的(雇用契約上)には何の問題もありませんが、心理的には「契約不履行(債務不履行)」なのです。
Warning
「創業メンバーだから苦労を共にして当たり前」というのは、社長だけの甘えです。 彼らはリスクを取ってあなたに賭けた投資家でもあります。リターン(成果)が見えなければ損切りするのは当然の経済合理性です。
期待値調整(Expectation Alignment)の失敗が早期離職を招く
採用時の「盛りすぎ」が諸刃の剣
創業期の社長は、優秀な人を口説くために、ついついビジョンを大きく語りすぎます。 「3年で上場する」「君は将来のCOOだ」「年収1,000万はすぐ行く」
これを語ること自体は悪くありませんが、その実現可能性とタイムラインについて、入社後に冷徹な 「期待値調整(すり合わせ)」 を行わないと、後で大怪我をします。
ある企業D社(社員5名)の失敗事例を見てみましょう。
| 項目 | 社長の認識(発信内容) | 社員の認識(受信内容) | 結果 |
|---|---|---|---|
| 成長速度 | 数年かけて堅実に伸ばす | 1年で急拡大するはずだ | 「話が違う」 |
| 役割 | プレイングマネージャーとして先陣を切ってほしい | マネジメントに専念できるはずだ | 「泥臭すぎる」 |
| 評価 | 成果が出たら還元する | 入社したリスクを取った対価が欲しい | 「評価されない」 |
| 結末 | 期待値のズレによる不信感の増大 | 入社半年で退職 | 手痛い採用コスト |
このように、採用時の「熱狂」を、入社後の「現実」に着地させるプロセス(オンボーディング)が欠如していると、ボタンの掛け違いが修正不可能な亀裂になります。
Note
このケースは、複数の企業事例を組み合わせた典型パターンです。特定の企業を指すものではありません。
90日ごとの「握り直し」面談
このズレを防ぐ唯一の方法は、 四半期(3ヶ月)ごとの期待値調整面談 です。 評価面談ではありません。「お互いの約束」を確認する場です。
確認すべき3つの問い:
- あなたは今、会社から何を期待されていると思っていますか?
- あなたは今、会社に対して何を期待していますか?(報酬、機会、環境)
- その期待に対して、現状のギャップはどれくらいありますか?
これを率直に話し合い、「今の会社のフェーズでは、マネジメント専任は無理だ。あと半年はプレイヤーとして走ってほしい。その代わり、半年後にリーダー職を新設する」といった具体的な 「合意更新」 を行うのです。
創業メンバーと交わすべき「将来のポスト」についての握り
「No.2」になれるとは限らない
創業メンバー最大の悲劇は、会社の成長についていけず 「古参のお荷物」 になってしまうことです。 社長としては、創業の恩義があるため切りにくい。しかし、能力不足の人間が高い役職に居座ると、後から入ってくる優秀な中途社員(Stage-2人材)が定着しません。
このリスクを回避するために、最初から以下の「残酷な現実」を握っておく必要があります。
「会社の成長スピードにあなたの成長が追いつかない場合、外部から上司(部長や役員)を採用する可能性がある」
これを入社時に言えるかどうかが、組織の健全性を決めます。 「君はずっとNo.2だ」と安易に約束してはいけません。「No.2になれるよう全力で支援するが、最終的には実力主義だ」というのが、誠実な心理的契約です。
Important
役職とは「ご褒美」ではなく「役割」です。 創業メンバーには、役職以外の報い方(ストックオプションや、特定の機能に特化したスペシャリストとしての待遇)を用意しておくのが、賢い経営者のリスクヘッジです。
まず明日やるべきこと:期待値の棚卸し
あなたの社員との間に、危険な「期待値のズレ」がないか診断する3ステップです。
□ Step 1 : 社員への期待 を書き出す 「今週やってほしいこと」ではなく、「半年後どうなっていてほしいか」「どんな役割を担ってほしいか」を全員分書き出してください。
□ Step 2 : 社員からの期待 をヒアリングする 1on1の時間を設け、「ぶっちゃけ、入社前と入社後でイメージと違ったことはある?」と聞いてみてください。ここでの不満(ギャップ)こそが、将来の退職理由の種です。
□ Step 3 : 「私たちの約束」 をドキュメント化する 雇用契約書とは別に、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)や「求める人物像」として、会社が提供できる環境と、社員に求める姿勢を明文化してください。
創業期において、最強の資産は「信頼」です。 しかし、信頼は「言わなくてもわかる」という甘えからは生まれません。 厳しい現実も含めて、互いの期待を言葉にし続ける(握り続ける)プロセスそのものが、強い組織の土台となります。